佐々木主浩の年俸が日本最高?メジャーでの成績は?フォークのすごさは?

かつては大魔神と呼ばれ、絶対的なストッパーだった佐々木主浩ですが、いまは解説者とかでたまに出演してたりします。

バラエティーなどでも見かけることもありますね。

佐々木主浩

全盛期の佐々木は防御率がシーズン通して0点台だったり、手の付けられようがない抑えでした。

1997年は38セーブで敗戦は0です。1998年は45セーブで敗戦はわずかに1でした。

このときは佐々木が出てきたら終わりと、見ているファンや相手の選手たちも思っていたと思います。


1998年に横浜は日本一になりましたが、その大きな立役者になっておりました。

戦っている相手チームには「佐々木が出てきたら負け」といったイメージが強く植え付けられているので、中盤以降にビハインドだと次第に焦りが生じます。

そうなってくると点が入りにくくなるといった悪循環になります。

WBCなどで、日本は先取点を取られ、その後なかなか追いつけずに苦戦といったシーンが多かったですが、あれは焦りから来るものだと思います。

基本的に負けることができない試合が多いので、先取点が自然と重くのしかかってしまう結果ではないでしょうか。

佐々木主浩

年俸も1997年に1億7500万だったのが、1998年には3億3000万、1999年には5億円とこの頃にうなぎ登りに上がりました。

その後はメジャーリーグ、シアトルマリナーズに移籍をし、セーブ数は結構上げるのですが、次のように負けも意外とありました。
  • 2000年 37セーブ5敗
  • 2001年 45セーブ4敗
  • 2002年 37セーブ5敗
  • 2003年 10セーブ2敗
さすがにメジャーのバッターはレベルが高く、日本のようにはいかないということでしょう。

2004年には再び横浜に戻ってきました。

肘の手術などで全盛期の実力があるかどうかは疑わしかったですが、歴代最高年俸となる6億5000万円で2年契約しました。

しかし、思うような結果を出すことができず2軍落ちになり、その後戦力外となりました。

佐々木主浩

佐々木といえば、最大の武器はフォークボールでしょう。

日本での全盛期はストレートが140キロの中盤から後半で、フォークボールは130キロの後半ぐらいでした。

バッターにはこの2つの球種が全く見分けが付かなかったといいます。

確かにフォークで空振り三振するときは、全然、ボールとバットが離れているバッターが多かったです。

しかも190cmの長身から投げ下ろされるフォークは落ち方が半端ではありません。2階からボールが落ちてくるなんて言われたこともありました。



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